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シンクロニシティ(共時性)

入社のタイミングとバブル絶頂、崩壊

私が東大大学院を修了して某大企業に就職したのは1984年。バブルが始まる直前だった。

その頃はお金は入ったらどんどん自己投資しようと思って使っていたのだが、株を見ると、ライバルの会社の株が50円位だったのがいつの間にか250円位になっていた。

あの頃にコツコツ自社株を購入していた女子社員が1億円の資産を作ったということで話題になったりもしていた。

その後1985年の竹下登大蔵大臣のプラザ合意によって、円が変動相場制に移行し、1ドル360円からどんどん円が急騰し、200円、150円等とどんどん円高が進んでいった。

これにより、ジャパンアズナンバーワンと言われていた低賃金によるコスト競争力が無くなり、欧米の技術を模倣して高度な品質管理技術と値段で勝負する、という日本の産業モデルは成り立たなくなった。

そのため、日本企業は米国等の現地に工場を作り、また、自社工場を中国や東南アジアに移して安い賃金で製造できる体制を作り上げた。これにより産業の空洞化が問題になった。

私が入った頃、その企業は就職人気トップだった。絶頂期にはいろいろな人材が集まるのではあるが、必ずしも有為な人材ばかりが集まるわけでもない。

大企業に入ってのんびりやっていこう、という人もいたり、会社を利用して飛躍しよう、という人もいたかも知れない。

そして、それにともない、しがらみも増えていっただろう。女子社員のほとんどがコネ採用、という噂が出ていた。

そうしたバブルの絶頂期直前に会社に入り、よかったかと言えば何とも言えない。ボーナスは入社時から数年後が一番よく、それ以後はほとんど増えなかった。むしろ減ったと言えよう。

バブルの頃は入社1,2年の女子社員がボーナスを80万とかもらっていたという噂もあったが、業績連動であれば仕方あるまい。

いずれにしても、バブルが崩壊し、就職が非常に厳しくなる前に就職でき、会社員としてぬくぬくと仕事をし、博士号や資格を取得し、会社からの派遣で大学院大学の教授もやらせてもらった。

そういう意味ではよかったと思える。

が、やはり、会社で働くのに向いているかどうかと言えば、私の場合はもっと早く独立してもよかったかな、と思っている。

会社で大きな夢を実現することは非常に難しい。すばらしい提案であるほど潰される。そんなすごいことができるわけない、できなかったら誰が責任を取るんだ?と言った議論になり、誰も責任を取りたくないから結局無難なところに落ち着く。

今後は大きな夢を持つ若い人材はベンチャーを興すのが良いだろう。大企業のトップクラスには可能性を理解できる人は少ない。若い時期を無駄にしたくなければどんなに苦労しても自分で会社を興したり、ベンチャー企業に就職するのも1つの選択肢だと思われる。ただし、自分に絶対の自信がある場合で、あまり自信がないのであれば、よらば大樹の陰、できるだけつぶれない企業とか、公務員になる手もある。

公務員になれば9時〜5時までの勤務時間で後は自由である。企業に入れば残業がない企業はあるまい。趣味に生きるのであれば、公務員になって5時以降に好きなことをやって生きて行けばよい。

もちろん、公務員の中には朝5時台に出勤して夜遅くまで実験をやるような研究が好きな人もいる。そういう人たちは非常に幸福な人であろう。趣味が仕事になっているのだから。

そういう意味では、趣味を仕事にできる大学教授とか、研究公務員等は生きがいもあり、いい職業だと思われる。あまりにハチャメチャなことはできないのが唯一の欠点ではあるが。


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