人生を何かに例えるとすれば、修行の場というのが私の考えだ。
これは例えるというよりも定義しているようなものかも知れないが。
輪廻転生や生まれ変わり、因果応報等の考え方からすれば、人間はずっと修行をしていき、最後は神に帰る、というような考えがある。
人は死んでもその後も修行を続け、最後は神と一体になる、というのが今私がしっくりくる理論である。
そういう意味で魂はずっと修行の旅を続けているとも言えるだろう。
そう考えれば、どんなつらいことがあっても、これは修行なんだ、と思え、耐える力が湧いてくる。
そうではなく、自分は完璧で周りがみんな間違っている、と考えると他人の悪いところがよく見え、人の批判ばかりになってしまう。
私も研究者をやっていたころは、自分が世界一優秀と思ってやっていた。研究の世界ではそう思わなければいい研究はできないのでほとんどの人はそう思っているだろう。
大学院の研究者はたいていそう思っているのではなかろうか?
だが、そう考えると確かにモチベーションは上がるが客観的な実力は無いわけで、自己陶酔しているいやなやつになってしまうだけだ。
そうではなく、人生は修行で、自分は常にその修行の途中にいる、と意識していれば周りの人に不快な思いをさせずに済むだろう。
そして少しくらいうまくいっても、まだまだ、と思えるのでどんどん高いレベルに進めるだろう。
逆に、ちょっとしたことでうぬぼれていては実力の伸びは止まってしまう。
どんなときも、修行、勉強と思えば前向きに取り組める。
どんなつらいことにも耐えられる。
そういう状態になれば成功も近いのではなかろうか?


